カップ麺と褪せた背表紙

人間的であったり非人間的であったり、一般的であったり限定的であったりするようなことを、不定期に書いていきます。

アルミホイルで電磁波攻撃から脳を守る方法をお教えします!

エル・プサイ・コングルゥ
平舘です。

人生はジンギスカン。ジンジンジンジンジンギスカン。神ギスカン。甚。

町田は山梨。

古河は群馬。

川幅ウコン。

車の中でおしっこが我慢できなくて携帯トイレを使ったことありますか? 僕はハムサンドが気持ちいいです。

1年ぶりに押し入れから出したストーブって最初に電源入れるときに溜まったホコリが発火しちゃうんじゃないかって怖くなるよね。

ただいま〜粘菌粘菌粘菌! やり方一つでこんなに発酵するものなんです。0120-019-828
天神をやっている会社の名前知ってますか? 「株式会社タオ」って言うんですよ今日はそれを覚えて帰れ、やずややずや

二宮和也くん結婚おめでとう!!!!!!!!僕の下の名前も和也です読み方は違います

チャーーーーーーーーー

周囲の音が気になってイライラしているタイ人「うるたい」
イクラちゃん「ターイ!」
ゴルフ中継「タイ」

意図せずバズって腹が立っている話

月2投稿を目指しています。とりあえず今月は達成。やったね。ひらたてです。

10月27日、埼玉県では参議院補欠選挙が行われ、投票率20.8%という誰が見ても文句無しで低い数字を叩き出しました。

ちなみに正直言うと僕は政治に関してかなり興味がないので、割とどうでもいい話題ではあるのですが、どうでもいいと思いつつなぜだかこんなツイートをしてしまいました。それがこちら

確かに元はと言えば俺が狂ってこんなツイートをしてしまったのが悪いのですが、何故だか意図せずRTやいいねが増えてしまい、4000RTも突破してしまいました。もうこれはバズったと言っていいと思います。

マジで僕本当に政治に興味ないんですよ。こんなクソみたいなツイートよりもよっぽど身があって人を笑顔にする幸福なツイートを俺はたくさんしているというのに何故それは広まらずに、こんなただ不幸になるだけのイヤな話題のツイートが拡散されてしまっているんだ。

それでですね、バズった政治ツイの(正直そんなにバズらなくてもなんだけど)宿命として、政治大好きおじさんたちからクソ引用やクソリプがたくさん来るというのがあり、現在もそれに見舞われています。ということで、それに対する愚痴をダラダラと書くというのが今回の記事の趣旨です。

①「白票でもいいから選挙行けよ」
うるせえ。選挙行ったら誰かの名前書きたくなるだろ。白票を投じに選挙に行くの普通にめんどくさいだろ。白票が多かったら選挙がやり直しになるのか? まともな候補者が増えるのか? そんなことはねえんだよ。

②「他に立候補者が出てこない埼玉県民が悪い」
立花さんの住所知ってます? 彼、普通に東京都民ですよ。今回はなにも地方選挙じゃありませんよ。国政選挙なんで、埼玉県民だろうと沖縄県民だろうと平等に立候補できるんすよ。そんなに政治を変えたいだとか投票率を上げたいだとか意欲的に考えてるんならあなたが立候補して埼玉県民がみんな選挙に行きたくなるような素晴らしい公約を掲げればよかったんじゃない? 少なくとも俺は政治家になりたいかと言われたら答えは否だし、世の中の大多数がきっとそう。
②-2「文句言うならお前が立候補しろよ」
俺は参院議員の被選挙権の年齢に達してない。
②-3「そういう状態なら第三の候補者が出てくるものだけどなんで出てこなかったんだろう」
県内での上田さんの支持率はとても高い・マジで県民の関心がない(国政選挙なのに選挙カーの1つも走ってない、大宮と浦和でちょっと演説があった程度)という公示前からわかりきってるクソ選挙に立候補者を立てるほど金の余ってる政党はない。

③「埼玉県民の民度が低い」
足立区や横浜市よりは数倍良い。

④「立花の獲得票低すぎて草」
俺のツイートと何も関係ねえじゃねえかよ。一つ言うと彼はほぼノーコストで売名に成功しているので彼にとってはあまり悪いことは起こってない。(提訴されたのは置いといて)

⑤「クソしかいない県で選挙やってもクソしか出てこないのは自明」
これが正直1番腹立ってる。これ言ってきたの沖縄県民なんですけど、警察や自衛隊員に暴力行為をふるって座り込みを続けるようなクソ民度の県の奴にマジで言われたくない。出生率全国1位って褒めそやされて調子乗ってるのかもしれんけど言い換えればそれはバカみたいに揃いも揃ってパコパコしてるだけだろ猿かよ。確かに何もない埼玉県ではあるが猿しかいない県よりはまともだこっちは。


あぁもうこんなん書けば書くほど余計に腹が立ってきますよ。怒り狂ってなんだか体温が上がってきてしまった。

これを読んでくれている皆さんは、どうかこんな面白くない政治のツイートよりも、僕のウィットとアイロニーに富んだ素敵で面白いツイートを評価してくださいね☆

カラオケのバイトを辞めたよ!!!

タイトルの通りです。ひらたてです。死ぬほど楽しくねえんだわ。爆速で辞めてやりました。その間わずか2ヶ月。しかもシフト10回くらいしか入ってない。

実はカラオケでバイトを始めていました。8月の頭に入って9月の末に辞めました。ゲーセンのバイトはだいぶ楽しいので全然続いています。

以下、カラオケのバイトの楽しくないポイントをお話します。

①客がウザい
これすごい嫌ですね。なんか大抵の人ウザいもん。電気つけりゃいいのに何故か真っ暗にしてカクテル頼むおじさんと若い女の2人組多すぎて気持ち悪すぎる。そんなんバーでやれや。ナメてんのか。連れて来られてる女の子だってカラオケで飲むのかよって絶対思ってますよ。どう考えても割高なのに味普通のカクテル飲むの嫌でしょ。

②階段がダルい
これはもうこの店を選んだ俺も悪いんですけど2階建てで2階の部屋にフードやドリンク持ってく時わざわざ階段上がんなきゃいけないんですよ。嫌だ。

③混み方の波がめんどくさい
マジで仕事混む時はすごい混むし何もすることない時はマジで暇です。特に入ったばっかだから自主的にこれやろうあれやろうとかもそもそもまだわかんない段階だし。混むとマジで初めて聞くようなフード作らされるし。そんなメニューあったのかよ今度食おって思って結局どれひとつとして食べてないわ。

④そもそも俺が飲食あんま向いてない
全然楽しいって感じなかった。こんなに楽しくないの逆にすげえぞ。ずっと立ちっぱで足痛いだけやん。

でもまあ多少楽しいところはあって、お酒作るのは楽しいです。永遠に生ビール注いでたい。


あとマジでこれ言いたかったんすけど、働いてる人が若い女ばっかでマジでうるせえ。ほんとにキャーキャーとウミネコみたいにうるせえ。ディズニーと彼氏の話しかしてねえ。休憩室には常にディズニー土産のチョコクランチあるし。ほんとに頭どうなってんだよあいつらネズミより脳小さいだろ。本当に若い女ばっかりで数少ない男のフリーターの先輩たちが涅槃に見えました。仕事上もそっちのほうが頼りになるしね。


割とこれはマジな相談なんですが俺が楽しめそうなだいたい18,19~0時(終電)くらいの座る機会があるバイトを知っていたら教えてください。稼ぎたくてダブルワーク始めたのに苦痛すぎてやめてしまったので次はそうはなりたくないぞ。

なんで負けたか明日までに考えといてください

そのまん丸お山、プライスレス! アルティメット丸山彩。ひらたてです。

 

お金ってあるじゃないですか。皆さん知ってますかね? 知らない人のために説明すると次のようなものです。

 

物やサービスを入手する際に、それを提供してくれる人になんの対価も渡さないわけにはいかないので、国や地域ごとに共通の単位を用いて提供してもらう物やサービスに数字を付けました。昔の偉い人が。提供してもらう人がその付いている数字のぶんだけ提供してくれる側に渡し、提供する人はその数字を渡してくれた人に対して物やサービスを提供する。こういうシステムが世の中には存在しており、そのシステムの中での「数字」、これがお金として成り立っています。お金、つまり数字は、金属製の小さくて丸い板や丈夫な紙によって数字の大きさをあらわし、適宜見合った数字のぶんだけのそれを相手と授受します。この金属製の丸い板や丈夫な紙そのもののことをお金と呼ぶ人も多いです。

 

この説明で理解できましたでしょうか。拙い言葉になってしまって申し訳ありません。

 

で、このお金というのはどこで入手するかというと働いて入手するんですね。バカバカしくなってきたので「働く」とは何かを懇切丁寧に説明するつもりは無いし、なんなら俺も「働く」をよく知らないまであります。フリーターと言えば聞こえはいいですが実質的には無職だし。フリーターと言っても別に聞こえよくねえし。うっせえし。死ねし。2世代前のギャルの真似事してる女子高生みたいな口調になってっし。f:id:HRTIT:20190713014926j:image

↑これはメッシ☺️☺️⚽️🏃🏼‍♂️

 

働くのって普通に意味わかんないんですよね。たぶん日本に住んでいる成人の90%以上は働いたことあると思うんですけど、当たり前に生活するだけのお金を稼ぐ労働って、実は相当な時間を仕事に拘束されないといけないんですよ。おかしいですよね。食って寝て遊んで1日終わってたら金が入るべきだろ。どうなってんだ社会。

 

それでどすね(誤字が京都人みたいになってるのが金曜の深夜2時に箸でビーフシチューを食べながらこんなクソブログ書いてる身としてはめちゃくちゃツボだったのでそのまま残してあります)、俺こう見えて無職なので、友人から職には就いたほうがいいと力説されるんですよ。意味わかんないんですよね。週5で8時間働いて残業や休日出勤も存在するような地獄に自ら首突っ込むわけねえだろ。女王様系の風俗嬢に赤いエナメルのピンヒールでケツ穴グリグリされる趣味があるようなマゾ男でもそんな地獄に首突っ込まねえぞ。ていうか世間のマゾヒスト野郎どもはなんでそんなに働く体力があるんだ? 無理だろ。少なくとも俺には無理だよ。

 

こんなに強い言葉で力説していますが、別に働くことに対して否定的ではないんですよ俺は。今までやってきたバイトはどれをとっても、欠点もあるけど楽しい点だっていっぱいあります。共通して言えるのは悲しいことに俺に女の子との接点が全く生まれなかったことです。働くことは暇つぶしになるし、お金も手に入る。人とのコミュニケーションも生まれる。マジでいいことばっかです。俺が無理だって言ってんのはそんなに長時間長期間労働する体力がねえよってことです。マジでここのバランス調整が狂ってる。働きたくねえって言ってるんじゃない。最低限の生活をするために必要な労働が大きすぎるって言ってるんだ。俺には無理だ。

 

だからわかんないんですよ。なんで俺こんなにお金ないのかわかんないんです。俺は割と結構頑張ってバイトしてます。結構体力のカツカツまでバイトしてるんです。なのにお金ないんです。意味わかんないんです。無理なんです。マジでこれ以上働けないです。おかしいだろ狂ってるだろ俺はこんなに必死になって生きたい生きたい生きよう生きよう生きる生きる生きる生きる生きる生きるって考えてるのに無理なんだもんおかしいだろどうなってんだよおかしいだろほんとにおかしいって無理なものは無理だっておかしいんだってみんな気が狂ってんだよおかしいだろ。

 

 

 

ほな、いただきます。

真の陽キャは性格もいいというのはマジ

フリーターです。ひらたてです。

 

俺は今ゲーセンのアルバイトスタッフとして働いてるんですが、この仕事が楽しいのなんのって。マジでコンビニなんかと比べ物にならないです。あんなクソみてえな仕事と比べたら天国よ。

 

俺が働いてる店は、都内某所、山手線のド中心あたりにある店舗です。元々ゲーセンでバイトしたいという思いがあり、それを友人に話したところ、「俺の働いてる店ならたぶんいい感じだよ」みたいなふうに誘ってくれたので面接に応募、そしてトントン拍子で採用と相成りました。

 

これは幾度もアピールしているんですが、この会社は本当にホワイトな企業で、フロアに立たされる前に座学研修を受けて前提の知識を脳に叩き込まれてから実際の勤務が始まるという優しさ。急な体調不良でも事情を話せば休ませてくれるししっかり休憩も労働日数も管理されている。社員も残業がかなり少ない。マジですごい。

 

というわけで2019年1月2日が初フロアで、そこから既に約5ヶ月働いています。少なくとも「ぺーぺーの新人」ではなくなった俺から見たゲーセンの仕事(俺が働いてる店の)についてお話します。

 

俺が働いてる店は、店舗規模は中型。埼玉県民の人は大宮のスピカくらいの規模をイメージしてもらえるといいと思います。セガ池袋GIGO(8階建てのビルまるごとゲーセンの店舗 マジでデカいよ)とかとは違い、テナントビルのワンフロアが店舗の大きさです。

 

基本的に人数は、平日の早番(開店前~17時半)であれば社員1+スタッフ2、遅番(17時~閉店)であれば社員1~2+スタッフ3~4で回します。俺が入っているのは早番なので、お客さんの数は夜に比べたら少ないです。平日であれば中高生が学校終わる頃に人が増えるくらいで、それ以外は基本空いてます。

 

休日はもう少し人数が増えます。特に早番は平日の倍くらいの人数になって、チラシ配り(UFOキャッチャーの無料券)等をしてお店の前を歩いている人たちを呼び込みます。立地が結構な観光地なので、休日は家族連れや若者の友人グループ、外国人観光客なんかもいっぱいいます。そのぶんお客さんの数がすごく多くなるので、それに対応するため人数が増えるわけです。でもお客さんに何故かカップルは少ない。

 

さて肝心の、ゲーセンスタッフの業務なんですが、働いてる店では大きく分けて2種類になります。1つは「プライズ」、もう1つは「ビデオ・メダル」です。うちの店はメダルゲームコーナーが小規模なのでビデオ担当といっしょくたになってますが、たぶん普通の店ならここはそれぞれ分けられると思います。

 

この2種類に分けてそれぞれ説明します。

 

まず1つ目の「プライズ」

と言ってもこっちは会社の守秘義務とかであんまりガッツリとは喋れません。正直ちょっとふわふわした説明になるかもしれないけど許してほしい。それと、特に普段ゲーセンに来ないような人からしたら夢が壊されるようなことを言うかもしれません。あくまでゲーセンも商売なのでこれも許してほしい。

 

プライズというのはつまるところUFOキャッチャーにまつわる仕事のことです。英語でprizeは景品・賞品といった意味で、クレーンやら何やらを操作して景品を落としてゲットするゲームのことをゲーセンでは「プライズ」と呼びます。

 

プライズ側が主にする仕事は、「補充・リセット」「アテンド」「設定」の3種類です。

 

「補充・リセット」、こちらは簡単で、UFOキャッチャーの筐体の中にはアーム(ぐわしって開いて景品を掴むやつ)が届かない奥に、プレイとは関係ないけどたくさん同じ景品がディスプレイされていますよね。あれは実際にお客さんの手に取ってもらう景品です。フィールド(アームで景品を動かすエリアのこと)にある景品をお客さんが落としてゲットしたら、次に来た人がプレイするためにそこに新たに景品を置き直さないといけないですよね。それを、奥に並んでいるものから1つ取って置き直すのが「リセット」です。あるいはお客さんが何回かプレイしたけれどゲットできずに途中で諦めて移動してしまった。そういった場合に、動いた景品を最初の位置(=初期位置)に戻すこともリセットです。ちなみにこの初期位置がちゃんとしていないとマジで動きづらかったり、もしくは景品が大きく転がって全然言うことを聞かなかったりするので非常に重要なものです。

そして、奥に並んだディスプレイから景品を取り出すと、ディスプレイが乱れて美しくなくなってしまいます。筐体の中以外にも更に在庫がある場合、それを持ってきて並べ直すこと。これが「補充」です。

つまり「補充・リセット」というのは、UFOキャッチャーの中を、よりお客さんにプレイしてもらいやすい状態に保つ仕事のことです。

 

そして「アテンド」、これはなんぞやという人もいるかと思いますが、UFOキャッチャーをやって、結構な回数プレイしてるのにゲットできない時、スタッフに話しかけられたことはないでしょうか。きっとあるよね。

そう、お察しの通り「苦戦しているお客さんの手助けをすること」がアテンドです。どうアームを使ってもにっちもさっちも動かない位置というのは存在するので、そういった状況になっていたり、あるいは景品が転がってしまって元に戻してほしかったり、そういった場合にスタッフは対応できます。

また、あまりにお金をたくさん吸われていると少し可哀想になってくるので、そういった人には簡単な位置に置いてあげて、ちょっと触るだけで落ちるというような状態にしてあげたりすることもあります。

ですが、世の中には図々しいパリピというものがいるんですよ。どんなパリピかというと、お店に入ってきてグループ内でどの景品がかわいいとかこれなら取れそうだとかこんなのぼったくりだとかひと通り騒いだ後、全く1度もプレイしていないのにスタッフを呼び「取れるようにしてください!」だのとおっしゃられるパリピなんですね。述べた通りアテンドとはあくまでも「苦戦しているお客さんの手助け」であり全く慈善事業ではないので、そんなパリピにくれてやる景品などないわけです。1人にそれを許してしまったら全員にやってあげないといけない。そんなことをしてたら大赤字になっちまうので、「ゲットに近づいたように見えて」「実際のところ全く何も進展していない状態」に置いてあげて、「いかに置き直した位置が惜しい状況であるか」「プレイの上手い下手に関わらずどれほどチャンスがあるのか」を伝え、口八丁手八丁でお客さんにより多くの100円を使ってもらうようにするわけです。もちろん、相応の額を使ってもらったらそのぶんの景品は取らせてあげるので、その差別は心配しなくて大丈夫です。

なので、どうしても欲しい景品があったら、まず500円くらいをだいぶ引き伸ばしてプレイして、店員に調子乗ってるなと思わせないように声をかけてアテンドしてもらうといいかもしれない。それと「もう○○円も使ってるんですよ〜」というのは言わないほうがいいです。店員からすると「そうなんだ。頑張ってね」としか思わないので。特に1000円も使ってないのに2000円くらい使ったとか言う人はマジでやめた方がいいです。いくら使われているのかはすぐに確認できるので、「こいつ嘘ついてんじゃん図々しいな」って悪印象を与えて終わりなので。

 

「設定」に関してはあんまり言えることはないです。ごめんね。でも特に人が多い時間帯に働いてる人は設定やったことない場合が多いとも思います。あんまり設定のことに文句言っても、すぐに変えられるわけではないのでどうかそれは諦めてほしい。

ちなみに何をするかを大まかに言うと、アームの大きさを変えたり、フィールドに設置してあるバーの位置を変えたり、掴む動作をする時のパワーを変えたりします。実はパワーは強ければいいというものでもなくて、楽しく遊ぶ上で適切なパワーにしているはずです。あんまり強すぎると景品がゴロゴロ転がるだけになっちゃうので。

 

で、2種類目の「ビデオ・メダル」ですが、こっちは俺的にはマジで楽しい。しかも忙しくないので落ち着いています。音はうるさいけどね。ビデオゲームというのは、戦場の絆みたいな体感ゲームや、三国志大戦みたいな大型カードゲーム、鉄拳みたいな格ゲー、湾岸ミッドナイトみたいなレースゲーム、maimaiみたいな音ゲー、その他etc...という感じです。メダルゲームについては説明必要ないよね。

 

「メダル」ですることは、マシンの中のメダルが切れた時に補充、詰まった時にそれの解消、メダルバンクというメダルを預けておけるサービスの登録、といったところです。それ以上のことはあんまりないのでかなり簡単。

 

「ビデオ」ですることは、筐体、特にプレイする際に触れる場所の清掃、カードプリンターがついているゲームにはカードやインクの補充、そして定期的に行う動作チェック、それで発見された不具合や、あるいはお客さんから指摘があったもののメンテナンス、といった感じです。カード補充はそこそこ慣れが必要だし、メンテナンスに関しては時間がかかるものもあって、あんまり簡単とはいかないですが、カード切れや不具合があることは少ないので、基本平和でいいです。お客さんとのコミュニケーションも少ないのであんまり疲れないですし。

で、俺はこの「メンテナンス」が大好きで、分解して汚れを落としたり、あるいは部品を交換したりするのがめっちゃ楽しいのです。こういう機械いじりとか好きならマジでオススメです。自分のやっているゲームを常に良い状態に保てるというすごい利点もあります。

 

こんなところがゲーセンの業務です。他にもちょっとした雑用とかあるけど、まぁほぼこんなところです。

 

というわけで、ゲーセンのゲームが好きで、口八丁手八丁でパリピをあしらうことが得意な人、ぜひゲーセンで働いてみてね。マジで楽しいよ。ちなみにパリピはこっちから盛り上げるとばんばんお金使ってくれるので実はいい人たちです。

シャワーを浴びる

以前、密かに執筆・公開していたエッセイ作品を、このブログに移植します。

今後も同様にエッセイや短編小説など、こちらのブログに公開するかもしれません。

 

2017年 7月 初出

 

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 だんだんと意識を取り戻していく。閉じた瞼を徐々に開き、時計を見、肺に溜まった空気を吐き出す。
 何度抱いたか分からない、絶望とも諦めとも言えない感情に身体を支配される。何度目を覚まし、何度体験しようとも、この感情だけは嫌なものであることに変わりない。きっとこれからも幾度も味わい、その度に自分と自分以外の全てを憂うのだと思う。
 時計の短針はほぼ直上を指し示し、カーテン越しに主張する太陽の明るさもそれを保証している。六月二十九日、午前十一時半。もう正午になろうという時刻に、今日もまた、俺は目覚めた。

 身体を起こす気になれず、ベッドの上で何度か寝返りをうつ。意識はだいぶ明瞭になってきているが、かと言ってすぐに行動を開始できるわけではない。結局どの体勢も落ち着かずに、目覚めた時と同じ位置に身体を戻した。
 昨晩眠りに就く前にセットした目覚まし時計のスヌーズは、その動かしにくさに何度も声を荒らげた硬い硬いスイッチまでご丁寧に切られている。おそらく目覚まし時計は何も悪くない。正常に動いたのだろうが、無意識下の俺が耳障りな電子音に耐えきれずにスイッチを切ったのだろう。指ではどうしようもできないほどに硬いそのスイッチには、くっきりと歯型が付いている。

 ベッドから顔を覗かすのも面倒で、腕だけを下ろして散らばった自室の床から使い込んだスマートフォンを掴み取る。イヤホンと充電コードが絡まっていたが、フルに充電されていたのでそちらは抜いて元の場所に投げ戻した。
 起動させると、いくつかの通知が届いていた。ソーシャルゲームのスタミナ回復を知らせるもの、インスタグラムでの投稿に付いたいいねを知らせるもの、その他いくつかラインのトーク通知等。
 端末のロックを外しラインのアプリを立ち上げる。クラスのグループにテスト範囲の張り紙が写真に撮られて送信されていた。確かにあと半月ほどすると夏休みだ。ということはそろそろ期末テストの時期なのだろう。なんとも他人事のように考えてしまうが、結局は自分にもそのテストを受験する義務がある。どうにかしなければいけないのは確かだが、具体的にいったいどうするのかと言われてしまうと全く答えられない。テスト勉強をしようという気にはならないし、ならば素直にテストを受けて白紙で答案を提出するのかと言われるとそれも嫌だ。何が嫌なのかは分からないけれど、どちらにせよ嫌だ。噛み砕いて言えばそれはストレスだ。そもそも勉強をして得点を取るという段階の前に、まずはテストを受けに登校しなければならない。それすらおぼつかない今の俺は期末テストについて思いを巡らす資格も必要もないだろう。

 スマートフォンの画面の光を浴び、学校とそれに対する自分の在り方について考え、もう既に目と脳は完全に冴えている。身体の方は、脚の曲げ伸ばしや寝返りに重さを感じる。どうやらまだまだ起きてはいないようだ。
「ああ・・・っ」
 意味もなく声を出してみるが、それで何が変わるわけでもない。本当に無意味なことしかしない生活を送っているのだということを更に深く感じてしまい、むしろ悪影響でしかない。
 適当にツイッターを起動させてタイムラインを眺めるが、これっぽっちも面白さを感じない。「面白くない」というどうしようもないことに対して苛立ちを募らせ、どうしようもなく無意味であることに思い至って結局、自分の生活全てが無意味だということに考えが至る。

 最近考えることはこればかりだ。これ以外に考えていることは無いのかと訊かれると困ってしまう。これ以外のことは考えられなくなっている。何かないかと周りを見回してみると、ベッドのシーツにシワが寄っていて不愉快だと気づいた。

 高校三年生に進級してからまもなく三ヶ月が経つが、もう一ヶ月以上高校に通っていない。それ以前も不定期に、週に二日ほど行っていただけだった。欠席した日のうち全てを、今日と同じように不快な目覚めによって始めている。
 一方で、コンビニ店員のアルバイトとゲームセンターの音楽ゲームはしっかりと続いている。それらは学校に行く時間帯にすることではないから、というのもあるだろうが、それにしても高校生という立場にいる人間としては無責任な行動だろう。学生の本分は登校し勉学に励むことであって、労働でも娯楽でもない。そこをわきまえていない行動は学生として酷く矛盾したもので、馬鹿馬鹿しいものだと言えるだろう。
 しかし、勉強は嫌いだが、学校そのものが嫌いなわけではない。友人は多くいる。友人は僕に活力を与えてくれる。優しくしてくれる。面白くしてくれる。学校に行っていないということは、高校生として社会に所属していないということであり、つまり人間との関わりが極端に減るということだ。かつて正常に通学していた頃には鬱陶しく感じた対人関係だが、いざ人間と触れあうことに飢えてみるとなんとも素晴らしいものに感じられる。他人がいるからこそ、自分を保てるのだと思う。情けない話だ。

 学校に行かず、進路も決めず、ただ親の脛を齧ってベッドの上で堕落な人生を歩んでいるだけの存在。こんな人間に何の意味があるのだろう。何の理屈があって今この命を生きているのだろうと本気で考えている。
 例えば今ここで死んでみるとしよう。俺がしていることと言えばスマートフォンをいじることかコンビニ店員のアルバイトかゲームセンターの音楽ゲームかくらいのものだから、社会的に迷惑がかかることはアルバイトのシフトに穴を開けることくらいしかなく、それもどうにかなる範疇のことだ。もちろん悲しんでくれる人はいるだろう。家族、友人、親戚、恋人、いくらでも思い浮かぶ。しかし他人の感情を揺さぶった程度で何になる。俺が欠けたことで動きを鈍くする歯車はあれど、別の歯車が止まってしまうことはない。時計全体の動作に支障は無い。
 つまりは、今のこの生に意味も価値もありはしないということだ。それはベッドシーツのシワと同じくらいあっけなくて、簡単で、無意味に消し去ることの出来る存在だ。

 こう考え始めてしまうともう全く前向きな思考に持っていくことは出来ない。途中でやめにして別のことを考えなければ、最悪の場合、実際に自殺してしまうだろう。
 と言ったように長々と考えている間も、俺はスマートフォンソーシャルゲームをプレイしていて、それはほとんど脳を使わない単純な作業なので、ますます俺の人生から意味を奪い取っていくように感じる。
 俺がすることの中で意味があることはどれほどあるのだろうか。食事、睡眠、排泄、入浴、どれをとっても「命を保つ為に必要な行為」でしかなく、無意味な命を保つ為の行為はすなわち無意味だと言えるだろう。運動も勉強も読書も同じだ。「命を保つ為」なのか「命を充実させる為」なのかの違いしかない。充実したところで無意味は無意味。そこに意味が追加されるわけではない。
 だんだんと熱を帯びてきたスマートフォンを握り、画面を睨みつけながら堂々巡りの思考に身を委ねていた。

 家の中からは物音は聞こえず、おそらく家族全員がこの家にいないことを示していた。
 いつからか両親は毎朝俺を起こして学校に行かせることを辞め、俺に求めることも「いい大学に入りいい企業に就職してもらいたい」というものから「生きていてくれさえすればそれでいい」というものに妥協していた。諦められたということだろうか。期待するだけ無駄で無意味なのだろう。全く親孝行の出来ない自分が情けなくて悔しくてどうしたらいいのか分からない。これ程に無意味な存在は死んでしまったほうが親を楽にできるのではないだろうか。当然悲しみはするだろうけれど、必要になる金が一人分減るのだ。おそらく自殺は俺ができる親孝行のうち最も簡単で現実的なものだろう。
 ベッドから這い上がり、キッチンへ向かう。他の家族が朝七時頃に摂ったものと同じであろうメニューの朝食が、ラップをかけられて置いてあった。トーストと、サラダと、焼いたウインナー、それとカットフルーツの入ったヨーグルト。栄養バランスを良く考えている母親は、毎朝このようなメニューの朝食を家族全員ぶん作る。おそらくここまでバランスの取れた朝食を毎朝食べられる家庭はそう多くないだろう。そう考えると俺は非常に幸せ者で、その幸せ者の人生を無意味で無駄なものに変換しているのも俺で、つまり俺はとんでもない愚か者だということだ。
 起き抜けにすぐ朝食を摂れるほど健康的な胃や口を持っていない俺は、とりあえずコップに水を汲んで飲み干した。
 寝起き特有の口の中の粘着感を洗い流した俺は、朝食には触れずに次は洗面所へと向かう。大きな鏡に映った自分と目を合わせることは避け、水道水で顔を洗う。小さく溜息をひとつ吐き、タオルで濡れた顔を拭き、今度は手を濡らして跳ねた髪を直す。どうせ後でシャワーを浴びるのだが、寝癖のついた髪型は自他問わず嫌いだ。
 今度はトイレに行き、そしてベッドに戻る。倒れ込むようにして身体を楽にする。何をするわけでもなく天井と時計を見つめ、そのうち無意味な思考に取り憑かれそうになる。考えれば考えるほどに自分と自分以外の全てが嫌いになっていくこの思考だが、今俺が直面している状況は俺の無意味さについて答えを出さないと打破できないものだ。何をしようにもこの考えが後を付いて回り、どんどん追い込まれていくばかりだ。
 しばらく先程と同じ内容の思考を巡らせて、ふと時計を見つめる。短針だけでなく長針までもが真上を指し示そうとしていた。無意味に三十分も経過させてしまったことに気づき、再び絶望とも諦めとも言えない例の感情に身体を支配された。

 今の生活をするようになってから、就寝前に入浴を済ませる習慣がなくなってしまった。誰かが「入浴して後悔することは無いのだからいくら面倒でも思い切って入浴すべきだ。」と言っていた。全くその通りだと思う。それでも入浴できない。心の底から面倒なのだ。動きたくない。
 しかしずっと入浴しないというわけにもいかない。身体は汗でベタついてくるし、臭いだって強くなる。それで翌日起床した後にシャワーを浴びてから行動を開始するような生活習慣に変わったのだが、別に時間が変わったからといって面倒でなくなるわけではない。必要に迫られてシャワーを浴びているだけなのだ。
 ベタついた身体を布団の中でくねらせ、気持ち悪いなぁと思いつつ、今日もまた動けない。深く溜息をついて、目を閉じて唸り声を出す。唸り声を出しても何も変わらないが、例の思考に囚われるほうが嫌な思いをする。声を出して反抗する。
 しばらくして、結局自分の行動の無意味さに思い当たる。本当に何をしても無意味だ。何もかもが嫌になってしまう。
 面倒ではあったが、嫌な感情を取り払うために結局着ていた服を洗濯機に放り込み浴室に入った。当然風呂は沸いていないのでシャワーのみだ。浴槽に張った適温のお湯に浸かって身体を伸ばす方がよほど心身ともに楽になるのは理解しているが、いちいち沸かすのは面倒なので結局シャワーだけになってしまう。もう一ヶ月以上もお湯に浸かっていないのではないだろうか。誰の言葉だったか「風呂は命の洗濯」とはよく言ったもので、つまり今の俺の命は一ヶ月ぶんの汚れがこびりついてグチャグチャになっているということだ。機会があればゆっくりと入浴したいと、シャワーを浴びるたびにほぼ毎回思っている。
 身体全体を濡らし、髪を濡らし、シャンプーを手に取り泡立て髪を洗う。泡を洗い流した後、トリートメントをして、リンスをする。洗顔フォームで顔を洗い、カミソリでヒゲを剃り、ボディソープで身体の垢を落とす。
 何故か知らないが、浴室というのは心の防壁が取り払われてしまうものだ。いつもなら心の中で思うだけのことも、声に出て言葉になってしまう。しかし感情を外に放出するのは案外身体を軽くしてくれるもので、浴室から出る頃には洗い流された汗と合わせて非常に心地よい気分になっている。
 バスタオルで身体を拭き、髪を拭き、とりあえずパジャマを着て、今度は先程スルーした朝食を準備する。シャワーを浴びると身体が楽になって、行動がすみやかになると思う。自分のことながらてきぱきとした動きに感動してしまった。

 午後になってから摂ったその朝食を全て食べ終わり、食器を洗い再び自室に戻る。スマートフォンを手にしてツイッターを眺める。そしてふと、時計を見る。既に午後一時半になっていたことを知り、つまり今から登校したところで間に合わず、今日も学校に行けなかったと、絶望とも諦めとも言えない感情に身体を支配される。本日三度目のそれは、何度経験しても同じだけの嫌悪感を伴っており、自業自得とはいえ本当に気持ち悪いものだった。
 学校の友人達はテスト勉強に励んでいるのだろうが、俺は今日も特にやるべき事を見出せずに、無意味な一日を終えるのだと思う。何度も何度も繰り返した、無意味で同じようなどうしようもない日々。無意味を繰り返すことは、命の価値を削ぎ落としていくどうしようもない行為だ。
 無意味から抜け出せずにどうしようもなくなったこの俺の人生に意味を与えてくれる何か、それが現れるのを俺はただ、待ち続けている。

プリティでクラクラ

今度こそhtmlタグが効いて欲しいけど今回もダメな気がするな。ひらたてです。

 

ゲームセンターでバイトをしているのですが、働いているお店(以下「当店」)にはプリ機が1台しかありません。それもBABY2という機種で、どうやら全然「盛れない」機種らしいんですね。正直な話俺はプリクラに対して全くと言っていいほど知識も興味もないし、当店で働いているスタッフのほぼ全員が俺と同じくらいのプリクラ知識しかありません。シール台紙の補充のやり方は知っていても、「盛れる」テクなんてまるで知りませんからね。

 

当店にはプリ機は1台しかないし、近隣のゲームセンターは電車で何駅か隣にしかありません。なのでプリを撮りに来た女の子たちは妥協してそのプリ機で撮るかと思うじゃないですか。全然違うんですよ。

まずスタッフに「プリ機ってあの1台だけしかないですか?」って聞いてきます。質問されるのは全然大丈夫なんですよそれが仕事なので。全然大丈夫なんですけど、土日だと8時間もシフトに入れば少なくとも2回は、多い日は5回くらい同じ質問をされます。土日だと混むのでシフトに入ってるスタッフも多くて、そのぶん質問されるの分散してるはずなんですが、それでも2回は聞かれます。

そして当然ですが嘘をついたって仕方ないので「そうですね〜、当店のプリ機はあの1台だけとなっております〜」と質問に答えるじゃないですか。そしたらその聞いてきた女の子たちは「そうですか、わかりました…」と言ってプリ撮らずに帰るんですよ。マジか。めっちゃびっくりするわ。あの機種そんなに盛れないのか。撮らずに帰るほど盛れないのか。

 

いや、並んでるならわかりますよ。並んでるから別のプリ機置いてないのかなって店員に聞いて、ないですって言われて、じゃあこんなに並んでまで撮らないでいいかとなって帰るのならわかるんですよ。でもそうじゃないんですよ。全然誰も並んでないのに「盛れないから」帰るんですよね。女の子のプリ機にかける情熱すげえな。

 

ちなみに最近人気のあるプリ機は「アオハル」という機種だそうです。違いがわからん。

 

これはどういうことなんでしょうね。例えば音ゲーマーが「DDR置いてないですか?」って店員に聞いたとして、「あ〜うちにはダンスラッシュしかないですね〜。ぜひダンスラッシュやってってください」って返事されても、「いや俺ダンスラやってねえし。DDRないなら別のゲ行こ」ってなるのと同じようなものなんですかね。なんかそんな気がしてきたわ。

 

世の中の女の子ってそんなにプリクラに対して造詣が深いものなんですか? 少なくとも俺の知人友人でプリクラに詳しいという話は聞いたことがないのだけれど。だって400円かけて写真撮るゲームですよあれ。だいたい1プレイ10分くらいですよ。10分って音ゲー1クレぶんと同じかそれより短いくらいですよ。音ゲーやったほうがコスパ4倍だし、例えば格ゲーなら負けなければ一定数までプレイ続くのでたぶん最大でコスパ15倍とかいけますよ。

 

まぁ音ゲーに価値見出す奇人なんかよりもプリ撮る女の子たちはよほど正常だし人口多いと思いますけど、それでも400円って結構高いですよね。

まぁ1人で撮るもんじゃないから割り勘して少し安くなるのはわかりますけど、それにしたって「この機種は盛れる」だの「これは全然盛れない」だのを色々と判別できるくらいになるまで結構な回数プリ撮って試さないといけないじゃないですか。学生、特に中学生なんかにとってはそこそこ厳しい額ですよ。

音ゲーマーは音ゲーしにゲーセン行くから出費は音ゲー代に加えて飲み物や交通費程度ですけど、プリ撮る女の子ってその多くが「プリ撮る」が目的じゃないと思うんですよ。街に遊びに来て、ゲーセンがあるから寄って、プリを撮るっていうものだと思うんですが、そう考えるとやっぱり中学生にはプリ撮るお金結構厳しいよなって感じますよね。

 

プリクラに対して造詣が深い女の子が世の中には結構いて、その子たちはみんなプリで盛るために技術を磨いたり機種を吟味したりと自己研鑽を怠らない。そんな世界がどうやらこの世には存在しているらしいのですが、俺の友人知人にそんな世界の住人はいません。マジでどうやって確かめたらいいんだ。めでたしめでたし。

 

どうか当店のプリ機でもプリを撮っておくれよ。

お茶の利尿作用っていいよね

最近ブログ更新してなくてあれなので、ずっと温めていた俺がもっと有名になったら書こうと思っていたものを書くよ。

 

ブログ、毎度毎度「最近更新してない」的な枕詞から始まっていてさすがにちょっとダレてきてる。ひらたてです。

 

今から話すのは中学一年生の時の話なんだけれど、まず俺が通っていた中学校は、水分補給のために水筒を持参することが許可されていた(義務ではなかった)んです。

たださすがに中学校の持ち物なのでジュースとかはNGで、基本は水かお茶のみ、夏場はスポーツドリンクも可、という感じで、つまり水筒の中身でボケるのは難易度高かったんですよ。

中学生の頃から既にお調子者で何かボケたいという思いがあって、中一の春に当時の担任からその水筒持参に関するルールを説明された時に、ここでボケたら結構おもろいなと思った俺はこう言ったんです。

 

「紅茶は持ってきて大丈夫なんですか?」

 

もしも紅茶がOKに含まれるのならば、例えばロシアンティーみたいなふうに、紅茶の種類でボケられるんですよ。それは幅が広がっていいなと思ったので担任に尋ねたわけです。

ただ、レモンティーやらミルクティーやら、ジュースに近い立ち位置にできる紅茶が結構グレーだというのは理解していたので、紅茶はダメだと言われたらダメで仕方のないことだなとは思っていました。

でも担任からの返答は予想していたものとまるでベクトルが違いました。

 

「お茶は持ってきて大丈夫です」

 

いやどういう意味だよ。

これは一瞬、紅茶の可否について答えているように見えて実際全然答えになってないんですよね。俺はあくまでも「紅茶」は「お茶=水筒の中身として持ってくることが許されるもの」に含まれるのかどうかを聞いてるんですよ。

一瞬納得しかけたもののすぐに疑問に至った俺は思わずどういう意味なのかと聞き返しました。

それでも、何度聞いても同じ「お茶は持ってきて大丈夫」という答えが返ってくるばかり。

今思えば俺はそこで諦めて別の先生に聞くべきだった(その中一の時の担任は教師2年目の若手だったので判断に困ることも多々あるだろう)(というか答えに困ったのなら自分だけじゃ決めきれない旨を話して他の先生と協議した上で後日回答にすれば丸かったのでは?)のだけれど、この全く要領を得ない返答にまるで納得がいかなく、ちょっとした口論にまで発展しました。教室でクラス全員で説明を受けていたのに、俺一人廊下に出されてサシで言い合いになりました。教師と揉める理由としてあまりにショボすぎる。

この中一の時の担任とは本当に馬が合わなくて、この件以降も多数ぶつかりあうことになるんですが、思えばこのお茶の口論がその発端だったような気がする。

 

で、このお茶の話なんですが、辞書によると

 

 

①茶の木の若葉を蒸し、揉みながらかわかしたもの。茶の葉。

②「茶①」に湯をさして飲む飲み物。緑茶。おもに、せん茶・番茶をさす。

③抹茶。

三省堂国語辞典より)

 

②茶の若葉を採取して製した飲料。若葉を蒸しこれを冷却してさらに焙って製する。(中略)湯を注いで用いるのを煎茶といい、粉にして湯にまぜて用いるのを抹茶または碾茶という。なお、広義には焙じ茶・紅茶・ウーロン茶・マテ茶などの総称。

広辞苑より)

 

㊀(前略)背の低い常緑樹。晩秋に白い花を開く。茶の木。〔ツバキ科〕

㊁日常的な飲料とする代表的な嗜好品の一つ。「茶㊀」の若葉から作る。〔木の種類・栽培法・製法により、玉露・煎茶・紅茶などに分かれる。また、広義では茶に類する飲料をも指す。例、ハブ茶・麦茶・玄米茶など〕

新明解国語辞典より)

 

 

3種類の辞書から引用しましたが、他にもWikipediaやその他のウェブサイトなどを参照してもらうとより詳しくわかると思います。少なくとも色々と調べた限りでの俺の解釈はこうです。

 

 

一般に言われる「茶」という飲料を指す言葉には、大中小3種の意味が存在する。

① 最も基本的な意味(大中小のうち「中」)においては、チャノキというツバキ科の常緑樹の葉を加工して製造された「茶葉」や「粉末茶」などに湯を注いで作られる飲み物の総称。葉の加工法により種類が異なる。緑茶・紅茶・ウーロン茶等が該当する。

────緑茶には多数の種類があり、煎茶・番茶のみならず、抹茶・焙じ茶・玄米茶なども緑茶に含まれる。

② 広義には、麦茶・マテ茶・そば茶・ハーブティーなどの、チャノキの葉以外のもの(多くは植物の葉や茎、花弁が使われるが、しいたけ茶といった真菌類に由来するものや動物由来のものも存在する)を乾燥させ、それを煎じて作られる「茶外茶」と呼ばれるものも、①と併せて総称される。

③ 狭義では、日本茶(=緑茶)を指す。特にそのうちの煎茶・番茶のみを指すことも多い。

 

 

この解釈のもと、当時の担任の「お茶は持ってきて大丈夫」を読み解いていくと、まず③のお茶を意図していた場合、ウーロン茶や麦茶を持ってきてはいけないわけですが、麦茶はマジで夏の必需品ですから当然みんな持ってきていますし、なんなら部活で麦茶作って冷やしておいたりとかもしますよね。ですが、麦茶が可能になる②のお茶を意図していた場合、紅茶はお茶に含まれるということになります。つまり、例外的に紅茶は許可されないと定められていない限りは持ってきていいわけです。

実際のところ、水筒の中身なんて自分から申告しない限りは、よほど強い臭いでなければバレることはないし、僕は紅茶持って行ってましたけどね。

 

 

 

やっべぇ話の落とし所がまるで見つからないわ。

この記事がお茶界の解釈の鉄板となるような未来を夢見ています。

 

P.S. HTMLタグが全然効かなくて困ってます。少なくとも引用部分は斜体にしたかったんだけどな